国際女性デーに感じる「正義」の行方と、日本の違和感
[INDEX]
【1】3月8日、世界が掲げる「Rights」と「Justice」
【2】日本で感じる「別種のしんどさ」という違和感
【3】翻訳できない「違和感」の正体
【4】自分なりの「物差し」を持つ日に
【1】3月8日、世界が掲げる「Rights」と「Justice」
こんにちは!
HIKARI underwear代表の今乃井ひとみです。
3月8日は、国際女性デー。
起源は1900年代初頭の労働運動や参政権運動にさかのぼり、今では国連によって、世界中で「女性の権利」や「ジェンダー平等」について考える世界共通の記念日として定められています。
(
国際女性デーに関する詳細や歴史的背景は昨年のマガジンをご覧ください>>)
今年の国連女性機関が掲げたメッセージは、「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」
(権利、正義、行動。すべての女性と女の子のために)
実際、世界の女性が持つ法的権利は、男性の64%にとどまるというデータもあります。残りの36%。この欠落を平等にしようと国連は「Justice(正義)」という強い言葉で世界を動かそうとしているのだと思います。
最近のニュース――イスラエルやイラン、各地で起きている紛争の映像を見ていると、心が痛むのは私だけではないはず。
そこにある「正義」と「行動」という言葉が、攻撃するための武器にすり替わってしまうこともある。そして、それが実際に世界で起きている。
「こちらが正しい」という主張がぶつかり合うたびに、世界を覆っている緊迫感も強くなっているように感じるのです。
【2】日本で感じる「別種のしんどさ」という違和感
ここで、一つの違和感に突き当たります。世界が叫ぶ「権利」や「正義」というテーマと、私たち女性が日本で日々感じている「しんどさ」は、どこか手触りが違う気がするのです。
日本において、女性が直面する壁は、必ずしも銃声の響く戦場や、分かりやすい法的な禁止事項ではありません。日本のしんどさは、「禁止」より「評価」で動いていることが多いように私には見えます。
「空気を読む」という無言の圧力。
効率と清潔さを完璧に求められるプレッシャー。
周囲への気配りを優先して、自分を後回しにするのが「美徳」とどうしても思ってしまう感覚。
これらは「不正義」と呼ぶにはあまりに些細で、日常的です。
罰せられるわけじゃない。
ただ、じわっと“評価が下がる か ん じ ”が怖い。
実際どうかは分からない。
でも、その”かんじ”が怖いのです。
だから、先回りして片づける。先回りして笑う。先回りして丸くする。
24時間、自分自身を監視する自分が頭の中で回っている。しかもこの疲れ、怒りの矛先が見つからない。ただただ「得体の知れない疲れ」として蓄積していくような気がします。
【3】翻訳できない「違和感」の正体
世界的な運動が掲げる「Justice(正義)」という言葉をそのまま日本に持ち込もうとすると、どこか上滑りしてしまう感覚。
それは、私たちが戦っている相手が「明らかな悪」ではなく、「良かれと思って守り続けてきた古い価値観や空気」であること。そして、「権利」を主張すること以前に、自分が何に疲れているのかさえ言葉にできないからです。
この、世界基準のテーマと地元のリアリティとの「ズレ」を認知しながら、私はまず「正義」を外に向ける前に、内側へ向け直したいと思っています。
【4】自分なりの「物差し」を持つ日に
世界で起きている深刻な不平等を知ることは大切です。でも、同時に、それと自分の日常との「距離感」や「違和感」を無視しないことも、同じくらい大切だと思うのです。
「世界はこう言っているけれど、私はこう感じる」。
その違和感を大切に抱えることが、きっと、日本の、そしてあなたの「3月8日」を意味のあるものにしてくれるかなと思います。
HIKARI underwearは、そんな繊細な違和感をしっかり感じ取りながら自分を愛そうとする人によりそうブランドでありたいと思っています。
HIKARI underwear
代表 今乃井ひとみ
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